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黒歴史現在完了進行中(仮)

やることなすこと黒歴史

人間の価値など本数冊に収まるという話

受験生のころ、センター試験の直前にどうすればいいか、わからなくて講師に相談したことがある。
講師はけらけらと笑いながら、今更どうしようもないだろ、と言ったあとに、
「何が不安なのか、何をすればいいのか、すべて紙に書き出してみろ。
 たぶんA4一枚もいかないだろ」
と言った。
そのあと自習室に戻り実際に書き出してみると、たったの数行だった。
安心した僕は当然のようにセンター試験で大コケした。

僕が個人的によくするこの話も故事めいていて意外と面白いのだけど、
この講師が言っていたように、様々なことで頭の中がごちゃごちゃしていても、
実際に悩んでいる理由というのはそう多くはない。
シンプルな理由がいくつかあって、
それに何かが付属することで、混乱をもたらす場合が多い。
こういうのは実際に絡まった糸を解いてあげるようにすれば、
意外とすんなり解決してしまう。
ちなみに悪いのが上の例で、
悩んでいる理由を把握しただけで満足して、解決まで至らないというものだ。
すごくバカみたいに見えるけれど、意外とよく見る話だ。

悩みと同じように僕らの人生というのも意外と小さくまとまる。
A4一枚に収まってしまうのは、いささか悲しいけれど、
どんな大人物であろうとも、やった事象は伝記一冊にまとめこまれてしまうし、
どんな大作家でであろうとも、全集の名のもと、数冊の本に収められてしまう。
偉大なる先駆者ですらそうなのだから、出来事と思想を合わせても2~3冊になるのは稀で
ほとんどの人はA3一枚には収められる。

数百冊出している作家もいるじゃないか、というけれど、
大抵は思考の擦り直しみたいなもので、大きな変化はそうそうない。
記録するまでもないものがほとんどである。
同じ作家を延々と追っていると、
「あれ、これどこかで見たことあるな」と思うことが結構あるだろう。
言い口を変え、レトリックをいかに使ったとしても、ベースの思想は変わらない。

ブログを書き続けるにあたって、
「ネタがない」と悩んでいる人を多く見かけるけれど、それは当然のことだ。
頭の中ではいろいろとたくさん考えているつもりでも、
書き出してしまえば、大した分量はない。
人一人が世の中に訴えかけたいことなんて、せいぜい一つか二つくらいのものだ。
あとはそれの派生形にすぎない。その派生を生み出す能力さえあれば、
分量を増やすことなんて難しくはない。
内容のないことをそれっぽく書いて見たり、具体例の説明を冗長にする。
そしてあとは自分の思想を具体例に当てはめるだけだ。
ブログだけじゃなくて、多くの出版物にもこれは当てはまる。

別にそういうことを非難しているわけではなくて、
自分が書いていて、やっぱりそうだよなあと思っただけだし、
いろんな本を読んでいてもすり直しだなあ、
と思うことが多いだけの話だ。

でも特に悲観的になる必要はないと思っていて、
むしろ自分のある種の限界を知るのにいい機会だな、と思ったりする。
出来ることが限られていると思えば、その分人間やる気が出るものだ。
すべてのことを手に入れられるなんていう青年期の傲慢からは抜け出せる。

自分に限界がないなんて安易な嘘に騙されないように。
むしろたくさん考えたことを書いて、
自分の思想の限界を知ってしまえばいいのだ、と思う。