黒歴史現在完了進行中(仮)

やることなすこと黒歴史

安静にするということの困難さ

休むことはむつかしい。

休日が取れない社会人にとっては嫌味にしか聞こえないかもしれない。
しかし、動けとか働け、と言われると何となくどうすればいいか、わかるが、休めと言われると、小学校の時に習った姿勢を思い出すばかりで、何をしていいのかわからなくなることがしばしばだ。外に遊びに行くのも人が多くて疲れてしまうし、かといって、家でゲームをしているのも精神衛生上よくない気もする。かといって何もせずに寝ているのも退屈だ。生きづらい世の中である。思うに、「~~しなければならない」という感覚を持っているためだ。
せっかくの休日だからどこかに「行かなければならない」、有意義なはずの休日の時間を「無駄にしてはならない」、体力を「快復しなければならない」。
こういう義務感に押しつぶされていては、楽しめるものも楽しめないのだが、その思考がまた「~~してはならない」になるから完全にスパイラルである。
あまりにも義務を消化することに慣れてしまった代償か、権利を行使するということを知らないわけだ。
そういう人にストレス解消すればと言っても、余計ストレスになってしまう。
まるでマンボウみたいにデリケートな生き物である。

ある種の義務や責任というのは、人にとって欠かせないものであると思う。
しかしあまりにそれが先行してしまうと、こういう風に何ごとも楽しめなくなってしまう。
要は完璧主義を辞めてしまいましょ、ってことだ。

あらゆる義務から解放されることがそもそもの「休日」の概念である。