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黒歴史現在完了進行中(仮)

やることなすこと黒歴史

ブランク

英語において空白を意味するこの単語は、普段僕たちが使う時においては意味は同じでもマイナスの色が濃い単語へと変貌する。大抵能力が落ちたときに使われて、継続は力なりという言葉の強固さを示すものにすぎない。別にこの言葉に特に恨みがあるわけでもなく、僕自身がブランクを感じているから書いているに過ぎない。

男子三日会わざれば、なんていうけれど、全く持ってその通りで何気なく消耗した一日というのは、意外と重たかったりする。ましてや文章なんてものは数日書かなければすぐに感覚は鈍化してしまうのである。とはいえ、それは手なりに過ぎなくて、実は間を空けた方が頭はすっきりとリフレッシュしているから、書きたいことがたくさん出てきたりする。問題は何かと言うと、書きたいことというのが割ときちんと論じたいことだったりするから、文章強度が必要になってくるのと、それに合わせて文章をつなぐ感覚が鈍くなっていることが相乗効果となり、一気に書くのが億劫になっていく。べつにこういう何気ない思い付きを文章にするのは苦でもなんでもなくて、むしろそれよりも伝えたいことが自分の綴る文章とどんどんずれていくのを見ていく方がよっぽど辛いものだ。言語というのは確かにもやっとしたものを明確にしてくれはするけれど、その過程で削り落とされてしまうことも多くて、それゆえに救われることもあるのだけれど、がっかりすることの方が大半。それは個人の経験が一般化されると一気に陳腐になってしまう現象と似ていて、かけがえのないように感じられる自身の感覚がどこにでもあるものだと気付く絶望感を常に伴っている。

人にものを伝えることはざっくり言ってしまえばそういうことで、より大きな最大公約数を探っていくことでしかない。自分の経験や感覚をできる限り一般化してあらためて具体化する作業だ。google翻訳で日本語→英語→日本語と翻訳したときのような滑稽さがそこにはあって、似ても似つかぬもののはずが原型を全く読み取れない変化を伴っている。それは元を知っている本人からすれば、笑い話ですむけれど、はたから見ればその二度翻訳されてしまったそれが人間像と移ってしまうわけでそう考えると、外出する時のおめかしした姿はある種アバターとあまり変わらない。おそらく自分について考える時も同じで、僕から見て僕は掴みやすいアバターとして存在しているのだろう。結局のところブラックボックスの中を見ることはできないわけで、ともすれば表層化されたアイコンたちと戯れるしかないのだ。きっとその箱の中には何もない。