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黒歴史現在完了進行中(仮)

やることなすこと黒歴史

差し迫る鈍痛

Diary/文体A

久しぶりに一日体を動かした。
肉体労働である。
ここ10年近くほとんど運動らしいことをしてこなかった体にはひどく堪えた。
腕も足もパンパンでキーボードを打つどころか、マウスを握るのすら覚束ない。
こんな感覚は高校時代のとき以来である。

僕が入っていた部活はうちの高校では
唯一というくらい練習がとてもハードで、
とにかく毎日練習ばかりだった。

特にきつかったのが冬場の練習で、
ランニングか、筋トレばかりなのだけど、
そういった基礎体力練習というのは
1日でもサボると翌日以降にツケが来るもので、
特に正月明けの練習なんかでは、
筋肉痛があまりにひどくて、
階段の上り下りがまともにできなくなってしまっいたほどだ。
17~8の青年が老人のように手すりにしがみつきながら、
おそるおそる階段を下りている様子は我ながらひどく滑稽だっただろうと思う。

運動量は全く違うけれど、
今は10年分のツケを払っているのだと思うと、
この痛みも納得できるような気がしないでもない。


このくらいの年齢になると、
やたら体を鍛えだす人が周りに増えてくる。
前の職場でもやたらとジム通いが流行っていた。
僕のようにちょっとした筋肉痛にショックを覚えて、というよりも、
自分の肉体がどんどんとぽっちゃりとしていく姿に
危機感を覚えている人が多かった気がする。

過酷な筋トレ地獄をうんざりしていた身としては、
なぜ体を鍛えたがるのか、全く理解のできないところであった。
しかし、最近あらゆる体の衰えを感じるにつけ、
その気持ちが少しわかるようになってきたのだ。

しまいには中高年向けの健康食品のCMなんかに
そうそう、と頷いてしまう始末である。
一般的に不安を煽るというのが、
典型的な広告手法であるということを重々承知の上で
そのザマなのだから、手に負えない。
お金あったらそりゃ買っちゃうよ、これ。

まあそういうわけで、
体力や見た目の衰えが如実に目に見えるのが、
30歳に差し掛かる頃のことなのだろう。

男は体を鍛えだし、女は結婚を焦り始める。
そんな姿を陰でくすくすと笑っていたものだが、
なんのことはない。
僕も同類の俗物になってしまったのだ。
10代の頃の輝かしいかったであろう肉体を求めて、
ひそかに体を鍛えたほうがよいのではないか、考えてしまっている。
そして頭の隅にちらつく「健康」という二文字。

ああ、これまでの享楽的な生活はなんだったのか。
もっとパンクでロックな人生を求めていたのではなかったのか。

そんなものはもういらない。
安らぎがある健やかな、穏やかな生活が送れればよいのだ。
何せ、幸福の希求は国民の義務であるのだから。

そう言い切った瞬間になんとなく倦怠感を覚えるのは
筋肉痛の痛みによるものなのだと思う。