黒歴史現在完了進行中(仮)

自由帳みたいなもの

光に群がる虫みたいだね

大学のときはあんまりにも興味のある方向を向いてはちょろちょろしていたから、あるとき仲の良い講師の人に「虫みたいだよね」と言われたことがある。当時ですら全く言い得て妙だな、と思ったものだけれど、今の器用貧乏な近況を見るにつけ、本当に全く持ってその通りだと思う次第だ。好奇心は猫をも殺すというけれど、その当時の僕は殺されることもなく、ぼろぼろの今を見るにつけ、それはたぶん時間差で体を蝕む毒のようのものだと思う。
なぜ唐突にその話を思い出したのかと言うと、今日は新卒の就職活動の開始の日だったようで、あらゆるところでリクルートスーツが跋扈していた。高いところから見る、黒い服で無数に蠢きあうその光景はとてもグロテスクで、お菓子に群がるアリを彷彿とさせた。別に僕も就職活動は当然したし、その行為自体に特に思い入れはないけれど、集団で同じような格好をして、同じような行為をしているのを見るのはあまり好きではない。おそらくそれは僕が制服を着る経験がほとんどなかったのと、集団行動があんまり好きではないという理由に過ぎない。別にどんな集団であろうとも中にいる分には嫌悪感は感じないはずで、大抵そういうことを嫌がる人というのは外にいる人か、集団心理を嫌って外にいようとする人だけだ。そうした人たちは疎外感も合わさるから、余計に異様なものに見えることだろうと思う。
しかしそれは生物としてはある意味当たり前の行動で、孤立することは生存確率を低下させるなんてことはほとんどの人がわかっているはずなのに、なぜだかそういう風に感じてしまう。それはおそらく自分や他人が何かの塊の中の一部ではなく、完全に独立した一つの個体と考えているからだろう。知的生命体である以上、そう考えるのは仕方のないことなのかもしれないけれど、あらゆる人間主義が凋落しつつある今、そうした考え方というのは非常に難しいものだ。そもそもこれだって、理科の時間で食物連鎖やらなんやらで習ったはずなのに、気づけば自分がピラミッドの上にいることが前提になっていて、その中の人間同士のピラミッドでどう戦うか、ということしか考えていない。しかし所詮人間同士のピラミッドなんて、内輪もめの一つにすぎないわけで、俯瞰してみてしまえば、所詮小さな塊が蠢いているだけにすぎないのだ。中途半端な俯瞰なんて所詮は半端なニヒリズムにすぎなくて、やるなら徹底的にしてみれば、もしかしたら世界の深淵とやら見えるのかもしれない、なんて抹香臭いことを考えてしまう。